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大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)1268号 判決 1973年3月14日

(昭和四六年(ネ)第八五六号事件 控訴人・昭和四七年(ネ)第一二六八号事件 附帯被控訴人)被告 岡村吉太郎

訴訟代理人 池田俊 外一名

(昭和四六年(ネ)第八五六号事件 被控訴人・昭和四七年(ネ)第一二六八号事件 附帯控訴人)原告 細川忠常 外一名

訴訟代理人 井上吾郎

主文

本件控訴を棄却する。

附帯控訴に基づき原判決中被控訴人ら敗訴部分を左のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人両名に対し、各金一九万〇、七〇一円およびこれに対する昭和四二年九月一日以降支払済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

被控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その四を控訴人の、その余を被控訴人両名の負担とする。

前記第三項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判。

(一)  控訴人

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(二)  被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取消す。

控訴人は、被控訴人両名に対し、各金二三一万四、九七五円およびこれに対する昭和四二年九月一日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴および附帯控訴の費用は控訴人の負担とする。

第二、双方の主張および証拠の関係は、左に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(一)  控訴人の主張

一、本件事故は、生田運転のトラツクがホークの積荷に接触したため発生したもので、控訴人は無過失であるとともに、亡細川光挙の過失は著しく大きい。この点の原審の主張を左に補足する。

(1)  控訴人の事業形態と光挙の業務

控訴人方では製材機械については担当者が決つていて、各製材機の担当者は製材は勿論各機械に関する製材準備および製品のトラツク積込作業等その担当製材機に関するすべての作業に従事することとなつていた。右光挙は控訴人方に就労後一貫して四米以上の長尺物を裁断する四四吋自動鋸送台車(以下送台車という)を担当していたが、これは長尺物のみを製材する関係上最も危険性が高い。

(2)  作業工程について

原木は材木置場からホークリフトで工場内へ運び製材機附近へ降ろし或は製材機に設置し、製材した材木は製材機付近に人手又はホークリフトで集めて後出荷する。出荷のためのトラツクへの積込みは、長尺物の場合、トラツクに「ウマ」を乗せ材木を一旦一・五ないし一・八米にホークリフトで上げた後、トラツクを工場へ誘導しホークを更に二・五ないし三米に上げてトラツクに積込む。これらはすべて各製材機の担当者が自己の業務として従事する。

(3)  本件事故の原因について

本件においてホークリフトのパツキングの損傷によりホークが異常降下したことが荷崩れの原因とされているが、かかる事実は存しない。すなわち、パツキングの損傷は荷崩れによつて生じたものか、本件事故前から存したものかは証拠上明らかでなく、異常降下は事故数日後の警察の検証で初めて判明したものである。他方本件ホークリフトは事故の三ケ月前に、整備したものとして買受けたのであり、パツキングが二枚も損傷するほどの時間の経過はなく、事故のときも異常降下の際発生する「カタカタ」という音もせず、正常に作動していたことから考えれば、パツキングの損傷は荷崩れによつて生じたというべきである。かようにパツキングに損傷がないから荷崩れはホークの異常降下により生じたとは考えられず、生田運転のトラツクがホークの積荷に接触したためという他はない。

(4)  控訴人の過失について

右のように、パツキングの損傷による異常降下は認められず、日々通常の検査をしていた控訴人に整備不良の責任を問うことはできないし、荷崩れが異常降下によるものでもない以上、そのとき控訴人がホークリフトの運転席についていたとしてもこれを防止することはできないから、控訴人が運転席を離れたことと本件事故とは無関係である。そして控訴人は光挙に対し自ら或は生田を通じ常時安全教育を施し、製品積込時の安全なトラツク誘導場所を指定していたもので、控訴人に過失はない。

(5)  光挙の過失について

しかるに光挙は、前記送台車担当者として積下し作業の危険性を充分了知してい乍ら、右控訴人の日常の指導に反して指定された場所での誘導が可能であるに拘らずこれを無視し、敢て危険地域で、トラツクの誘導をしたため本件事故に遭遇したものであり、また荷崩れが積載方法の不備にも起因するとすれば、それは光挙の業務であつて同人にも責任がある。

(6)  過失割合について

前(4) 記載のとおり、控訴人には過失がない。しかし仮に控訴人に過失ありとしてもそれは微少であり、光挙の過失は著しく大であるから、過失相殺における過失割合は光挙につき八割以上とすべきで、控訴人を七割とした原判決の判断は不当である。

二、光挙の逸失利益について

逸失利益とは故人が天寿を全うした場合得たであろう期待利益をいう。それは死亡時の状況を固定し、その状況が永続するという仮定に基礎をおいて算定すべきものであるから、死亡した年の平均賃金を基礎として算出しなければならない。被控訴人らの計算は、一九才以降について、死亡時と関係のない時期の平均賃金を逸失利益算定の基礎としている点で不当である。昭和四二年版労働白書中昭和四一年の製造業従事者の平均賃金を基礎として、光挙の逸失利益をホフマン式により計算すると本判決別紙計算書(II)記載のとおりその全収入は九六六万九、八六三円となり、生活費二分の一を控除すると四八三万四、九三二円となる。

三、時効の援用

被控訴人が自賠法第三条の主張をしたのは昭和四四年一〇月八日以降であり、事故発生の日から三年以上を経過している。自賠法による保険会社に対する請求権の時効は二年であり、右期間を経過すると何人も保険会社に対し保険金請求をなし得なくなる。それ故、時効期間経過後は自賠法適用の主張も時効により主張し得ないものである。

四、損益相殺の主張

(1)  光挙死亡によりその弟妹らに対し労災保険による遺族年金が給付されている。その額は、別紙別表記載のとおり昭和四七年四月迄に合計七四万二、三〇九円が支給され、同年五月以降昭和五二年五月迄の間少くとも年額一八万四、四六二円が支給される予定であるから、総額金一六七万九、九六〇円に達する(従前の例によると二年に一度の割合で年金額がスライドされ、その率はホフマン係数を遥かに上廻るので将来給付の年金につきホフマン計算をする必要はない。)。

この金額は左の理由により被控訴人らの損害額から控除すべきである。

(2)  労災保険は労働者が業務上遭遇した災害による損失を補償するための保険であり、その給付は補償そのものである。而して労災による死亡労働者の遺族に対して支給される遺族年金は労災補償の一部門をなすものであるが、遺族の生活補償的色彩を加味しその受給資格に制限を加える等の形で民法の相続順位と変形させている。しかしながら受給資格権者の範囲が相続権者の範囲と根本的に一致していること、労災による死亡を理由として支給されるものであること、受給資格該当者が存在しないとき一時金が支給されること等に鑑みるとき遺族年金の補償たるの性格を失つていない。

遺族年金における補償とは労働法的社会政策的に表現すれば永久に喪失された労働能力に対する補償であり、民法的にいうと逸失利益の賠償である。かように遺族年金が逸失利益の賠償である以上、社会政策的観点から定められた現実の受給者とは関係なくその給付額は死亡労働者の相続人の損害額から控除されるべきである。

(3)  被控訴人ら引用の判例は本件のように受給権者が死亡労働者の弟妹であつて相続人ではなく、かつ事故発生時も現在も被控訴人らの収入に依存している者である事案には適切でなく、本件にこれをあてはめるときは、公平の見地に基づく労基法八四条二項の立法趣旨に反し、民法上の責を免れるべく労災保険掛金を納付して来た使用者の意思にも反するものというべきである。

五、過失相殺について

前一記載のとおり、過失割合は光挙につき八割以上であるが、原判決がこれを三割とし、しかも逸失利益についてのみ適用したのは不当である。過失相殺は賠償額すなわち逸失利益慰謝料等の合算額につき考慮すべきである。

(二)  被控訴人ら

一、本件事故は次のとおり、亡光挙には何らの過失もなく、控訴人の一方的過失に基づくものであるから、過失相殺の適用のない事案である。

正常なホークリフトによる荷揚げをなす場合、かかる事故の発生したことは絶無である。本件事故は、控訴人が事前に整備点検を怠り、しかもトラツクを誘導する光挙を後方から監督する立場にあり乍ら、漫然ホークリフトの運転台を離れ、機械操作により突然の異常事態に対処する何の処置も採らず、又採り得なかつたもので、控訴人の一方的過失に因るものである。

これに対し光挙は、常識上当然に必要な地点でトラツクの誘導を行つていたのであり、ホークリフト積載木材が落下して来ることなど経験上予想がつかなかつたのである。かかる予想もできない事故について、落下するも待避できる場所にいなかつたことが過失であるなどとは、全く事後における冷酷無情な観察から出たものである。控訴人の要求する注意を実行すれば光挙の任務は遂行し得ないのであつて、同人には全く過失がない。

二、原判決事実請求原因の4、5の損害の項の一部を次のとおり訂正し、原判決認容額との差額をさらに附帯控訴により請求する。

(1)  右4損害イ、亡光挙の逸失利益の項の冒頭からその裏六行目までを左のとおり訂正する。

「光挙は、昭和二四年八月二九日生れで、本件事故当時一六才九月であり、基本給一日八〇〇円を得ており、月平均二三日勤務していたから、遅くとも昭和四二年三月二八日まではその収入が持続する。その後は、昭和四七年度版労働白書付属統計表第三七表によると、満一八才に達する昭和四二年八月二八日までは同年度における一八才未満者の平均賃金一万八、一〇〇円を、その後就労可能な満六三才に至るまでは、本判決別紙計算書(I)の2表の各年令に対応する月収をそれぞれ得られるので、これを基礎にホフマン式計算をすると右別紙計算(書)I記載の如く光挙の得べかりし収入は一、八一五万〇、五〇六円となるので、これから生活費二分の一を控除すると逸失利益は九〇七万五、二五三円となる。」

この点控訴人は、死亡年次の平均賃金によるべき旨主張するが、期待利益の算出は、出来得る限り、より客観的に、現時点の統計資料に依るべきである。

(2)  請求原因5の一行目「各自合計金四一二万六、三四六円」を「各自合計五五六万二、六二六円」と、同四行目「四〇〇万一、三四六円」を「五四三万七、六二六円」と各訂正する。

三、自賠法三条の適用について

事故につき立証責任はすべて控訴人が負う。保険会社に対する請求は控訴人が予めなすべきものを怠り、その請求をなし得なくなつたからとて、被控訴人に対する抗弁とはなし得ない。

四、遺族年金について

年金の受給者は光挙の弟妹であつて被控訴人らではない。これを被控訴人両名の請求債権と相殺される筋合はない(昭和三七年四月二六日最高裁判所第一小法廷判決・民集一六巻四号九七五頁)。

(三)  証拠関係<省略>

理由

一、本件事故の態容、および、ホークリフトが自賠法三条に規定する自動車に該当し、且つ、右事故当時同ホークリフトが稼働中であつたことについての当裁判所の認定および判断は、原判決理由の冒頭より同二枚目表九行目までと同一である。右認定および本件口頭弁論の全趣旨によると、製材業を営む控訴人は、その保有するホークリフトと貨物自動車とを使用して、長さ約一二・四米、幅約〇・四メートルの檜材八枚(全重量約一、〇〇〇キログラム)を右貨物自動車に積載するため、控訴人自らホークリフトを操縦して檜材を持ち上げ、一方雇人生田亘をして右貨物自動車を後退の形でホークの下方に近寄らしめていた際、右ホークから檜材が落下して当時貨物自動車を誘導していた細川光挙を圧死させたのである。してみると、右木材の積載および運搬の作業はホークリフトと貨物自動車との両者の機能が相まつて始めて行なわれるのであるから、このような作業中に発生した本件事故が自賠法三条にいわゆる「その運行によつて」生じたと解するためには、右リフトおよび貨物自動車の稼働中にホークから木材が落下した事実のみを以て必要且つ十分であり、それ以上に右落下の原因がリフト自体の何らかのかしにあるか、その操縦ミスであるか、あるいは、右貨物自動車がホークないし積荷と接触したことによるものであるかを具体的に確定するまでもなく、控訴人は右リフトの運行について、自賠法三条本文の適用を受け、これにつき同条但書該当の事由がないかぎり同条の責任を負わなければならないことに変りはないと謂わなければならない。この意味において原判決が右リフトの運行によつて生じた事故であるとの結論を導き出すために、リフトのマスターシリンダー内パツキングの破損によるホークの異常降下が本件事故の原因であると判定したのは無用の判断であり、一方、控訴人が右事故の原因がホークの異常降下ではなく、右貨物自動車がホーク上の積荷に接触したために起つたのであるから、リフトの保有者たる控訴人に右法条の責任はないと主張することも失当と謂わねばならない。

二、ところで控訴人は、同条但書の主張として、(イ)控訴人が運転席を離れたのは、貨物自動車が工場出入口の高圧線に触れない様誘導するため止むなく、その安全性を確認した上でしたのであり、他方本件事故は生田運転の貨物自動車が後退中檜材に接触したためであるから、控訴人は無過失であり、(ロ)亡光挙には平素から安全な場所を指示しておいたのに、同人が危険な場所に位置した一方的過失によるもので、控訴人にとつて不可抗力であり、(ハ)本件リフトが異常降下を起す様な構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたと主張し、予備的に過失相殺の主張をするのでこれらの争点につき一括判断する。

成立に争いのない甲第三号証の六、七、一三、一五、一六、一八、二一、同第五号証の二、三、同じく乙第一号証の一、二原審(一、二回)および当審証人生田亘、当審証人中田勝、原審(一、二回)および当審における控訴本人の供述と検証(原審、当審)の結果によると、右(イ)(ロ)(ハ)の主張に関係のある事実として次のとおり認められる。

(1)  控訴人は、前記原判決認定のとおり、檜材を積載したホークを地上約一・八米の高さに持ち上げた後、本件リフトの運転席を離れ生田運転の貨物自動車の誘導に当つていた(この点は当事者に争いがない。)が、そのときの控訴人の位置は本件リフトから約七米位離れた工場入口附近であつた。

(2)  当時右工場入口には別にダンバ(製材の際生ずる細長い切り屑の束)を積んだ自動三輪車が駐車中であり、右ダンバの端が貨物自動車の左側のバツクミラーにつかえそうになつたため、生田はそこで一旦停止して(そのとき貨物自動車の後部は、ほとんど檜材の南側に近づいていた)、控訴人に右ダンバの先を折つて貰つてから再び後退発進したが、間もなく本件荷崩れが生じた。

(3)  しかし生田は貨物自動車が積材に接触したら受けるであろう衝撃を感じていない(前掲甲第三号証の一三および一五中これに反する部分は同人の当審証言(五〇、五一項)および同号証の一六(供述一〇項)に照らし、にわかに措信し難い。)。

(4)  本件リフトのマスターシリンダー内部の三枚のパツキングのうち二枚が摩耗していて、本件事故後の実験によるとホークに一屯の木材を積載し上部へ持ち上げた場合、ホークが五米位離れた個所でも聞きとれるような音を出し乍ら、五分間に一〇センチメートル余り異常降下を呈したが、右パツキングの摩耗はピストンの上下運動によつて生ずるもので、三枚のうち二枚にかかる損傷があれば、積荷の圧力でホークの異常降下が起り得る(前掲甲第三号証の七および当審中田勝の証言による。)。

(5)  前記貨物自動車の後アングルの高さは一・五米で、ホークの持ち上げられた高さより下であつた。

(6)  本件積荷の状態は檜材の左端からホークまでが約四・四米、同右端からが六・九米でホークの幅が一・一米であり、ロープなどで固定はされていなかつたのであるから、左側の方が材の根元部で太くなつていることを考えても、必ずしも充分に安定したものではない。

(7)  控訴人は以前から多少ホークに自然降下のあることにも気付いていたが、今まで事故が起らなかつたから大丈天と思つてエンジン稼働のまま運転席を離れ、前記貨物自動車の誘導に当つていた。

(8)  光挙は、昭和四〇年九月頃から控訴人方に雇われ、主として四四吋自動鋸送台車の操作を担当していたが、本件の様な積込みの際などには、その手伝や自動車の誘導にも当つていて、本件事故の際は、始め控訴人の指示により生田とともに檜材をホークの爪に載せた後、控訴人が前記工場入口附近に赴いた頃は、工場の西側垣根の前に居たが、その後檜材の南端下附近に来ていたため、その荷崩れをまともに受けた。(甲第三号証の一三、一五、一六、二一、同第五号証の二、三ならびに原審(各一、二回)および当審における証人生田亘、被控訴人の各供述中、その時光挙が後記控訴人主張の定位置に位置していたとの部分は、たやすく措信できない。)

(9)  本件リフトの運転席からは、右檜材の南端あたりが見透せる。

右認定の事実に照らし控訴人の前記主張の当否を考えるに、

(イ)  右(1) および(6) 認定のとおり本件檜材をホークに積んだ状態を考えると、その左側の方が材木の根元部で太くなつていることを考えても、必ずしも充分に安定したものとはいえない(従来その様にしていても荷崩れがなかつたということはその点の注意義務を怠つてもよいということにはならない)のであるが、更に本件においては、前記の様に控訴人は本件リフトと貨物自動車を併せ使用して檜材の積載および運搬を行つていたのであるから、リフトを操作するにつき右の様な積荷の状態のまま運転席を離れた以上、右リフトのホーク上の積荷の状態はもとより、これが他の車輌等と接触することのない様にも終始意を用いていなければならない。そうすれば、控訴人主張の如く荷崩れの原因が生田運転の貨物自動車の接触によるとしても、かかる接触のない様誘導することもまた控訴人自身のリフト使用上の注意義務に属するのであつて、右貨物自動車の接触の問題は控訴人の免責の争点に関しても考慮に入れることはできない。そして、控訴人が運転席を離れた後、後方本件ホークの状態に対し特に意を用いたとは認められない。

(ロ)  控訴人は、亡光挙に対し、平素から本件作業の場合の同人の位置すべき安全な個所を指定しておいたと主張し、原審および当審における検証の際、その個所として指示した地点は、工場の入口から約一〇・六米(リフトからも約四ないし五米)位奥であつて、貨物自動車が後退進入してくるのとはリフトを挾んで反対側であつて、工場の騒音を考えると(当審検証時においても相当激しいものであり、当審証人生田亘の証言によれば、事故当時は小さいテーブル鋸だけであつたというが、それでもかなりの騒音は発すると思われる)、門の外から入つてくる貨物自動車の誘導のため位置させる個所としては必ずしも適当ではないと思われ、前掲証人生田亘の証言および控訴本人の各供述中、右主張同旨の部分はたやすく信用しがたく、結局その事実が存したことは認定できない。

一方光挙がたまたまホークリフトに近付いていたことが本件事故発生の一因をなしていたことは否定できないけれども、ホークは一・八米の高さに持ち上げられていて、同人の体が直接これに当つたとは考えられず、他に同人の行動が荷崩れそのものの原因となつていることをうかがわせる事実は認められないので、過失相殺は別問題として、本件事故発生の原因を同人の行動のみに帰せしめることは到底できない。

(ハ)  そして、前記(3) 、ないし(5) の事実から考えると、本件荷崩れの原因として、本件リフトが事故の三ケ月前に整備したのを購入したものである点を考慮に入れても、そのマスターシリンダー内のパツキングの損傷によるホークの異常降下の蓋然性を否定できないので、本件リフトに構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことの証明もないものとせざるを得ない。

以上の次第であるから、控訴人の自賠法三条但書の主張は理由がない。しかし、光挙が如何なる理由から前記場所に位置していたかは本件証拠上詳かではないが、同人としてもこのように長大な積材の下に近付いて行つた以上、できるだけ安全な位置を選び、ホーク等の動静にも充分注意すべきものであつた。してみると、右場所に位置していたことが本件結果の発生の一因をなしているものと見るべきであるから、控訴人の過失相殺の主張は理由がある。そして、右過失相殺の割合は、さきに判断したように控訴人も注意義務を欠いた点があり、荷崩れの原因としてホークの異常降下の疑もある本件においては、原判決認定のとおり三割とするのが相当である。

二、被控訴人らの損害について

(1)  光挙の逸失利益の承継について

まず、被控訴人らは光挙の逸失利益につき口頭弁論終結時までに判明した統計資料を基礎に請求するのに対し、控訴人は一人の死亡した年の平均賃金を基礎として算出すべきものと主張するが、この点当裁判所は次の理由により被控訴人の主張を採用すべきものと考える。

すなわち、死者の逸失利益は死亡時における将来の期待利益であるから、死亡時の状況が永続するという仮定に基礎を置くべきことは控訴人主張のとおりであるが、それは、賃金との関係でいえば、死亡時の職業に将来変化がないとの予測が固定されることをいうのであつて、当該職業における平均賃金を予測させる具体的資料までも死亡時に明らかとなつていたものに局限されるという意味ではない。蓋し本件でいえば、光挙のように昭和四一年当時一六才で控訴人の事業所に就職していた者が、将来収得し後る賃金の総額が期待利益として、死亡時に本人に帰属するのであつて、統計資料はこれを具現化する一資料に過ぎない。従つて、死亡時点までに判明した統計資料からは把握できなかつたものでも、口頭弁論終結時までに判明した統計資料によつて、より具体的に把握できる場合には、これをその期待利益算定の資料に供することは何ら差し支えなく、このこととさきに述べた期待利益の算定を死亡時の状況に基礎をおいて固定させることと矛盾するものではない。

すると、光挙が昭和二四年八月二九日生れで、本件事故当時一六才九ケ月であり、基本給一日八〇〇円を得て月平均二三日勤務していたので、本件事故(昭和四一年六月三日)後昭和四二年三月二八日までの間に一八万三、三八六円の賃金を得られたことは当事者間に争いなく、被控訴人らの昭和四七年九月一九日付準備書面添付の昭和四七年版労働白書付属統計表第三七表によると、控訴人の事業所と同程度の事業所におけるその後の賃金の上昇は別紙計算書I(の)1、(ロ)および2記載のとおりであることが認められる(なお、控訴人も、昭和四七年版の統計表を採用した場合被控訴人ら主張の数額となることは強いて争わない。)ので、同計算書3、4のとおりその得べかりし賃金の総額を、当事者間に争いのない昭和四二年八月二九日を基準日としてホフマン式計算法により算出した額は一、八一五万〇、五〇六円となる。

被控訴人らは、これから生活費二分の一を控除した九〇七万五、二五三円が後記被控訴人らの相続の対象となる光挙の逸失利益であると主張する。しかし、成立に争いのない乙第五号証の一、二および弁論の全趣旨によると、前記控訴人の主張欄四のとおり光挙の弟妹らが、昭和四二年二月から昭和五二年三月迄の間に総額一六七万九、九六〇円に達する遺族年金の支給を受けることとなつていることが認められ、これに反する証拠はない。(なお将来給付額についてはスライド制が施かれているので、ホフマン計算をしないことについても控訴人の主張を採用する。ところで、右遺族年金は、労働者災害補償保険法第一六条の二により右受給者たる弟妹らが被扶養者(「その労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持していたもの」)との認定を受けて右支給がなされているものと解されるのであるが、このように、相続人以外の者が被害者に扶養されていたとき相続の対象となる逸失利益は、右相続人でない扶養権利者の得べかりし扶養料を控除した範囲に限られると解すべきである。すなわち、このような場合は、他の相続人の相続すべき逸失利益の範囲を定めるについては右年金支給額と同額の弟妹扶養費を支出すべきものとして、相続の対象から除外して計算するのが、衡平の理念に合致するからである。また弟妹に対する右支給額を損害賠償額から控除すべきものとする控訴人の法律上の主張は、受給者と損害賠償請求権者とが異なる以上到底採用できない。

従つて、被控訴人らの相続の対象となる光挙の逸失利益は、前記得べかりし賃金の総額から被控訴人らの自認する二分の一の生活費(これを二分の一とすることには双方の見解が一致し、且つその中に右弟妹の扶養のための費用が含まれることについての主張立証はない。)を控除した前記金額から、右弟妹らに支給される年金総額を控除した残七三九万五、二九三円となるので、前認定のとおり三割の過失相殺をすると、光挙の取得した損害賠償請求権は五一七万六、七〇五円であり、被控訴人らの相続分は各自その二分の一の二五八万八三五二円である。

(2)  被控訴人両名の慰謝料について

被控訴人両名の精神的苦痛に対する慰謝料が客観的には原判決説示のとおり各一〇〇万円をもつて相当と認められることおよび前記過失相殺の点を考慮して、各自七〇万円づつを相当と認める。

(3)  弁護士費用

原判決説示のとおり被控訴人ら各自二万五、〇〇〇円づつの請求は相当である。この点については光挙にも過失の存したことによつても、右認定額に影響を及ぼさない。

四、すると控訴人は被控訴人ら各自に対し、それぞれ前記二の(1) ないし(3) の合計三三一万三、三五二円とこれに対する昭和四二年九月一日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべき義務がある。

控訴人は自賠法による保険会社に対する請求権の時効(同法一九条)が完成後は被害者は加害者に対しても自賠法適用の主張はできなくなるというが、控訴人としては、被害者側よりの請求の有無に拘わらず、当然同法に基づく請求をした上、遺族の救済につくすべき立場にあるものと謂わなければならない。従つて右時効完成を理由に賠償責任を免れるような主張は到底採用することができない。

すると被控訴人の本訴請求は各自金三三一万三、三五二円とこれに対する昭和四二年九月一日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度において正当として認容すべきものであるから、本件控訴は理由ないが、附帯控訴はこれと原判決認容額との差額である金一九万〇、七〇一円とこれに対する右遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。よつて民訴法三八四条、三八五条、九六条、八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 常安政天 裁判官 潮久郎)

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